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2010年 04月 30日
★機關紙「天地無邊」廿三號(春季號)の御知らせ
同血社機關紙「天地無邊」春季號の内容

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同血社機關紙「天地無邊」春季號の内容



一面
國體論なき憲法議論は無用
 =主權在民を放擲せよ=

編輯・發行人 河原博史

二面
『平和主義』を江湖に掲げよ!
 =民族派からの平和主義=

河原博史

三面
活動報告
 ●一月十六日 ペンキ投擲抗議行動 ~民主黨本部~
 ●一月十七日 第十九囘「草莽崛起の集ひ」 ~赤尾道彦先生~
 ●三月廿八日 民主黨に物申す神奈川縣大會 ~横濱市内~


四面
脱戰後史觀試論(二) 文化維新小考 =國語の奪還=(一)
河原博史

五面
新選古書① 「勝利者の悲哀」と德富猪一郎
河原博史

六面
特別寄稿
 少子化の原因に、學歴偏重あり ~高校無償化に思ふ~

日本獨立宣言 主幹 田口圭

七面
似て非なる者を教化せよ!
 眞の“保守”こそ呉越同舟を避くる可き


八、九面
水戸の氣質と天狗黨 十 =白雪を鮮血で染めた尊攘羲軍=
言論同志會 代表 平澤次郎

十面
日本を危ふかしめるもの ⑮
 獨立國たる價値の體系を摸索せよ

望楠社 代表 小田のぼる

十一面
同血社 備忘録

十二面
大東亞戰爭の殘骸から思ふ ~横須賀灣海底との邂逅から~
同血社 東京都港區分室 室長 村松秀昭



一部三百圓(送料別途八十圓)

御申し込みは下記電子郵便で御願ひ致します。
douketusha@ever.ocn.ne.jp
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by douketusya | 2010-04-30 06:24 | 天地無辺
2010年 04月 29日
四月廿九日 「平成廿二年 昭和の日をお祝ひする集ひ」參加 於 九段會館大ホール

 NPO法人「昭和の日ネツトワーク」による式典に參加。
 記念講演は津川雅彦氏。演題は「昭和に生まれ昭和で靑春を謳歌した私」

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by douketusya | 2010-04-29 23:05 | 報告
2010年 04月 29日
四月廿九日 「奉祝・昭和節 街頭演説 及び 落雁配布」參加 於 皇都新宿驛西口前
 先帝御生誕の佳き日を奏慶し、義信護國會の呼び掛けにより紅白落雁の配布に參加。

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寫眞は同血社大日本正議黨・荒井義之




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by douketusya | 2010-04-29 22:44 | 報告
2010年 04月 29日
四月廿九日 武藏野陵、武藏野東陵、多摩陵、多摩東陵參拜   於 皇都八王子市長房町「武藏陵墓地」

 畏れながら先帝の叡慮と御鴻恩を偲びつゝ、神奈川縣維新協議會、縣下友好團體と共に武藏陵墓地を參拜。

 出發前は雨天に見舞はれたものゝ、武藏陵墓地に到着するや否や、一轉、雨雲吹き去り、快晴に惠まれた。





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by douketusya | 2010-04-29 22:14 | 報告
2010年 04月 29日
四月廿九日 熱田神宮參拜 及び 殉國七士墓前祭參列  於 愛知縣

 同血新聞社行動隊長・坂信二は、ひとり愛知縣名古屋市熱田區神宮に鎭坐なされます熱田神宮を參拜。


 參拜後、殉國七士墓前祭に參列。


 殉國七士廟とは、幡豆郡幡豆町三ヶ根山々頂に建立されたるの墓碑である。

 殉國七士とは、
東條英機、土肥原賢二、板垣征四郎、木村兵太郎、松井石根、武藤章、廣田弘穀の七名を指して云ふ。

 我々は殉國七士の遺骨に關して、鹽田道夫氏著『天皇と東條英機の苦惱』(「日本文藝社」昭和六十三年發刊)より詳しく識ることが出來る。
 著書にて鹽田氏は曰く、

『全部の遺體が燒けたのは、一時間半ほど經つてからだつた。窯の扉が火夫によつて開けられ、長い鐵のカキ棒で白骨が取り出されると、火葬場長の飛田は、七人の遺骨の一部を七つの骨壺に入れて他の場所に隱した。
 ところが、この隱した骨壺は、誰かが■級戰■(昭和殉難者のこと)を憐れんだのか、線香を供へたために、香り煙のために監視の米兵に見つかつてしまつた。このため骨壺は米兵の手もとへ移つた。米兵は、鐵製の鉢の中へ遺骨を入れると、鐵棒のやうな物で上から突いて、骨を細かく碎きはじめた。それはまさに死者にムチを振る慘い行爲であつた。
 米軍が■級戰■の骨を碎いて、空から東京灣へ撒くといふ噂があつた。それは日本人が英雄崇拜の對象になるのを恐れて海にばら撒くといふのである。遺骨を隱すことに失敗した飛田は、内心穩やかでないあせりがつた。
 骨を碎き終へた米兵は、黒い箱を七つ出して、碎いた骨を入れた。そして箱の上に1から7までの番號を書入れた。この遺骨の入つた箱は、■級戰■の遺體を巣鴨から運んできた米兵が持ち去つた。臺の上に灰と一緒に殘つてゐた小さな骨は、米兵の監視つきで火葬場にある共同骨捨て場に捨てるやうに命じられたのである。
 ■級戰■の遺骨を奪ふ計畫は。小磯國昭大將の辯護人だつた三文字正平によつて進められてゐた。三文字辯護士は、米人辯護士のブツウエツトに相談し、彼を通じてGHQに處刑された■級戰■の遺骨を遺族たちに渡せるやうに嘆願してゐたのである。ところが、マ元帥は一向に首を振らなかつたため實現はしなかつた。
 そこで三文字辯護士は、巣鴨プリズンにおいて處刑された■級戰■が、久保山で火葬されることを探りあてた。三文字は火葬場のすぐ上にある興禪寺を訪ねて住職の市川伊雄と會つた。市川住職は東京裁判にも傍聽に行き、裁判の不公平さに怒りを抱く一人であつた。三文字辯護士が市川住職に協力を求める説明にも熱が入つた。
 この■級戰■の遺骨が米軍の手から戻されないと、國民が不公平だつた東京裁判の結果を認めたことになる。彼らの命令で戰場に驅り出された三百萬の英靈さへ、辱めを受けて浮かばれなくなる。市川住職も日本人として耐へがたいことだつたので、三文字に協力することを引き受けた。市川住職は、火葬場長の飛田を三文字に紹介したのである。
 久保山火葬場の内部に働き人の協力で、はじめは■級戰■の遺骨を分けて隱すことができたのが、米兵の監視に見つかり失敗した。今度は、火葬場の共同骨捨て場に捨てられてゐる■級戰■の骨を持ち出さなくてはならない。次の新しい骨が捨てられるまでは、一應、少しは他の骨も混ざつてしまつたとはいへ、七人の遺骨は殘つてゐる。
 これを盜み出すのは十二月二十五日の夜と決めた。米軍の監視がクリスマスで氣がゆるんでゐる隙に實行しようといふのである。暗くなり、頃合を見計らつて、三文字辯護士と市川住職は勝手知つたる飛田火葬場長の案内で火葬場の骨捨て場に忍び込んだ。
 三人は米軍の監視に見つからぬやうに、闇夜の中で外套を頭からかぶり、身をかがめながら作業を始めた。三人は暗がりの中で音を立てないやうに、根氣よく手探りで遺骨を探し集めた。七人の遺骨は全體の一部でありながら、大きな骨壺に一杯分を集めることができた。
 火葬場から盜み取つてきた遺骨は、濕氣をとるために再度燒かれた。遺骨のことが世間に漏れては米軍の咎めを受けることになる。そこで三文字の甥で、上海の戰線で戰死した三文字正輔の名前を骨壺に書いた。これを興禪寺に預けて供養することになつたのが、■級戰■として處刑された七名の祕められた供養であつた』と。[文中■及び括弧()は筆者による]


 三文字正平辯護士によつて開始された遺骨奪還運動は斯うして實を結び、昭和卅五年八月、三ヶ根山にも分骨された。墓碑の建設を巡つては贊否ともに不謹愼なる言動が目立つたやうであるが、今は昭和の御代を偲びつゝ、七士の御靈鎭まらむと熱祷するあるのみ而已。百拜

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by douketusya | 2010-04-29 21:39 | 報告
2010年 04月 18日
四月十八日 皇國同志會驛頭演説會 參加 於本厚木驛南口
 
 皇國同志會の定例演説會に弊社泰道社が參加。



一、花上功辯士 (皇國同志會)

二、川原弘幸辯士 (皇國同志會)

三、中野秀行辯士 (同血社泰道社)

四、菅﨑治見辯士 (皇國同志會)

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 辯士は主に民主黨政權に對する批判と、それに代はる可くの國家本來の大道を大衆に説いた。
 
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by douketusya | 2010-04-18 20:20 | 報告
2010年 04月 11日
四月十一日 義信塾「橫濱演説會」  於横濱驛西口

「橫濱演説會」に參加す。

 毎月第二日曜日、義信塾が風雪厭はず行なつてゐる。
 我々のみ而已ならず、縣内外の同志も多く參上するこの演説會、今日も活氣があつた。




一、平田佐喜雄辯士 (愛倭塾)

二、花上功辯士 (皇國同志會)

三、渡邉直美辯士 (愛倭塾)

四、天野光輝辯士 (晴龍義塾)

五、猪股正征辯士 (愛倭塾)

六、和泉英行辯士 (愛倭塾)

七、伊藤弘一辯士 (愛倭塾)

八、河野敏明 (同血社泰道社)

九、河原博史 (同血社)

十、平田佐喜雄辯士 (愛倭塾)

十一、渡邉直美辯士 (愛倭塾)


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天野光輝辯士

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河野敏明辯士

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渡邉直美辯士
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by douketusya | 2010-04-11 18:17 | 報告
2010年 04月 11日
四月十日  「國學研究會」參加  於大東會館
 定期的に大東塾で行なはれてゐる「國學研究會」に參加。
 講師、參加者共々疊のうへで國學の勉強を行なふ。
 初めての參加であつたが、迚も充實した勉強會であつた。

 内容は、本居宣長先生の神學論について。


 終了後、直會。
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by douketusya | 2010-04-11 12:11 | 報告
2010年 04月 06日
四月六日 神奈川有志の會懇親會
「3・28 民主黨に物申す神奈川縣大會」の呼び掛けを努めた團體が集ひ、反省會を兼ねて懇親會。

 呼び掛け人の代表であつた瑞穗塾・伊藤滿塾長、義信塾・市村悟代行(以下、團體名五十音順)、大日本勝魂社・春木勝義會長、同血社・河原博史、憂國清心同友會・鈴木浩巳副議長、他有志によるものであつた。

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 この懇親會席上ならではの白熱した意見交換は、四時間にも及んだ。
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by douketusya | 2010-04-06 23:54 | 報告
2010年 04月 04日
四月四日 『高金素梅に日本の土は二度と踏ませない』國民大集會 參加
於 文京區本鄕「文京區民センター」

 
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 去る平成21年8月11日、臺灣の立法院議員高金素梅ら一行約五十名は突如靖國神社境内に現れ、神社に眠る多くの御靈の面前で、「靖國神社は合祀を止めろ!」等と書いた横斷幕を擴げ、擴聲器を用ゐて「靖國No!」等のシユプレヒコールを連呼して拜殿に迫り、あるものは靜止する警備の神職に傷を負はせ、あるものは賽錢箱をまたぎ土足で拜殿に入るといふ信じられない暴擧が、白晝行はれました。やがて高金素梅らは、プラカード等を境内に捨て置いて意氣揚々と引き上げ、彼らを日本に招聘した社民黨本部に凱旋、拍手をもつて迎へられ、歸國後北京に赴いて胡錦濤首席に戰果を報告するなど、全くの英雄氣取りであり反省の色は全くないやうです。
 私たちは、今囘のやうな靖國神社と御靈に對する公然不敬の狼藉を斷じて許すことはできませぬ。それは日本人の民族の魂を侮辱するものです。實は、高金素梅の靖國神社に對する狼藉は、今囘に始まつたことではなく、過去においても幾度となく靖國神社を訪れ、不敬を働いてきました。しかし、今度といふ今度は忍耐の限度を越えてゐます。人々の崇敬を集める禮拜所において無禮を働くことは、刑法188條(禮拜所不敬罪)が禁じるところで許されませぬ。今こそ、怒りの聲を擧げ、日本の司直に對して高金素梅に對する嚴正な處罰を求め、高金素梅が二度と日本の地に足を踏み入れ、靖國神社に對する狼藉を働けないやうにしなければなりませぬ。(案内文より拔粹)

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by douketusya | 2010-04-04 22:26 | 報告